2012年7月5日木曜日

元祖、女性は太陽であった、

sr-tar3さんが また 新資料を紹介してくれています。
http://sr-ta3.blogspot.jp/2012/07/blog-post_03.html
http://sr-ta3.blogspot.jp/2012/07/blog-post_02.html


元祖、女性は太陽であった、
元祖、連合会会則は、斯くの如しであった、

「会長、副会長及び常任理事は、理事会において理事の互選により定める。」



そして 現在の会則はどうかというと、
「会長は、個人会員のうちから選挙により選出する。会長の選出方法は、別に定める。」
である。

この間のいきさつは、さすがに 「社会保険労務士制度四十年のあゆみ」も触れていない。

頃は、中西会長全盛期のころ、河野順一氏が 一石を投じた。
確か、立候補したんでなかったんだっけ?

以来、選挙方式が、会員の意識に上り始める。
中西会長は退任にあたり、投票を導入することはせず、
(なんでも 会長職は、労働省系と厚生省系とで交代交代にしようとの密約が
あったとかなかったとか)

ま、 厚生省出身の大和田氏に禅譲した。

ところが、おりしも沸き興る「司法制度改革の嵐」、これに嫌気をさしたのだろうか、
新会長は、早々と、1期勤めただけで 退任。
(やれ、社労士会の対応が遅い、ヌルい。改革案に 「社」の字もない・・・)
(このままでは、我々は 忘れ去られてしまう・・・)などなど 
外野からの声、かまびすしきこと夥し。

すわっ、今度は 労働省系の会長か?と 全会員が固唾を呑んで見守る中(うそ、です)、
大槻会長が 就任した。

このときであったか、京都堀川氏の主張や、山口村田氏の主張が こんな田舎にまでfaxが届いたっけ。
神奈川にもいるぞ、みたいな話を、故小野(栃木会会長)氏から聞いたのもこの頃であったかなあ。

その大槻会長が 4期続いた。

すべて、結果として 対抗馬なし、だったと思う。
形式ともに選挙となったは、ここのところの直近2期だ。
いずれも、金田氏対海野氏

この頃なんでしょうね、
「会長は、個人会員のうちから選挙により選出する。会長の選出方法は、別に定める。」
と 別に定める方式をとったのは。


その 「別に定めた」ものの改正を 今次総会にて行ったということなのでしょう。

ふむふむ、
・選挙日を、総会前日とした。
・選挙人を、理事予定者、とした。
ということですね。

前日、懇親会場を含めて自由な選挙運動をさせ、翌日総会場で決選投票というプロセスでは
なにか 具合が悪かったのでしょうかね?


0 件のコメント:

コメントを投稿