2013年8月18日日曜日

あらら、秋月サマがいない?!

NHK大河ドラマでは、すでに会津落城を迎え、明治にはいってる。


先だっての、降伏シーンでは、あれ? と思いました。

確か、錦絵では、 進み行く容保の後ろには、4名が控えている図柄と思っていましたが、かのシーンでは3名しかいなかった。

錦絵には「秋月悌次郎」の名があるのに、北村有起哉の顔はみえないではないか?


ほう、史実では 秋月はいなかった、と?
時代考証にはうるさい、といわれるNHKさんだからきっとそうなのだろう、、、


でも ちょいと気になる。
確か、以前買ったままで、つまりツンドク状態の本があったはずだ、
と、我が家の 移動式書「箱」(あは、手で持ち上げる方式でやんす)の中を探した。

すると、程なくみつかった。

そりゃあそうだ、「ワタシは、語彙が豊富ヨ」と自任なさるどこぞの社労士さんと違い、冊数などいくらもない。








秋月悌次郎は、降伏式には参加していました。
というか、降伏式の段取りを藩主容保から命じられていました。
緋の毛氈を敷くことも、また式後にそれを切り分けたのも秋月の発案によるものと設定されています。

NHKさんにおいては、秋月は式全般を取り仕切っていたのだから、畏まって後ろに座っている状態ではなかったとの解釈であったのでしょうか。

だから、控えさせたのは3名にした、ということなのでしょうかネ。



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